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長野地方裁判所 昭和54年(わ)13号 判決 1985年10月31日

本籍

長野市大字長野箱清水二三九九番地の二

住居

同市大字西長野字城田一二二三番地

貸金業

宮本智

昭和二年四月二四日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官足立敏彦出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年二月及び罰金二〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用はその全部を被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、長野市青木島一丁目四番地一号において、貸金業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、右貸金業に関する帳簿書類を備え付けず、貸金に関する受取手形の取立てを仮名の普通預金口座で行うなどの不正な方法により所得を秘匿したうえ

第一  昭和五〇年分の実際総所得金額が五七〇九万〇五一八円(別紙1修正損益計算書参照)あつたのにかかわらず、昭和五一年三月一五日、長野市西後町六〇八番地の二所在の長野税務署において、同税務署長に対し、同五〇年分の総所得金額が一〇四〇万七五六九円で、これに対する所得税額が三〇七万一三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて不正の行為により、同五〇年分の正規の所得税額二九五三万六〇〇〇円と右申告税額との差額二六四六万四七〇〇円(別紙3脱税額計算書参照)を免れ

第二  昭和五一年分の実際総所得金額が五九七二万一二九九円(別紙2修正損益計算書参照)あつたのにかかわらず、昭和五二年三月一五日、前記所轄税務署において、同税務署長に対し、同五一年分の総所得金額が一四六五万六一七三円で、これに対する所得税額が一八九万四三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて不正の行為により、同五一年分の正規の所得税額二八九三万二九〇〇円と右申告税額との差額二七〇三万八六〇〇円(別紙4脱税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の標目)

「甲」及び「乙」は検察官請求証拠目録甲及び乙の番号、「符」は当庁昭和五四年押第三〇号の符番号、「回」は公判期日の回数をそれぞれ示す。

判示事実全般につき

一、被告人の当公判廷(四九、五〇回)における供述

一、被告人の収税官吏に対する質問てん末書二四通(乙1から24)及び検察官に対する供述調書三通(乙25から27)

一、望月知昭の検察官に対する供述調書(甲23)

一、宮本愛子(二通・甲19、20)、望月知昭(二通・甲21、22)の収税官吏に対する各質問てん末書

一、田中穂積作成の答申書二通(甲171、172)

一、収税官吏作成の告発書(甲1)

判示事実中、殊に

利息収入(別紙修正損益計算書の勘定科目、昭和五〇、五一年度各<1>)につき

<貸付状況全般>

一、収税官吏作成の貸付利息金額調査書(甲24)

一、収税官吏作成の長野信用金庫東北支店(甲11)、同金庫七瀬支店(甲12)、同金庫南支店(甲13)、八十二銀行中島支店(甲14)、同銀行七瀬支店(甲15)、同銀行長野東支店(甲16)、同銀行長野南支店(甲17)、長野相互銀行柳町支店(甲18)各調査関係書類

一、別紙証拠一覧表記載の各証拠

<個別貸付先>

町田正憲関係

一、登記官作成の登記簿謄本四通(甲207から210)

一、押収してある金銭出納メモ帳四冊(符1)、支払利息等メモ帳一冊(符2)、支払手形期日表一綴(符3)、約束手形控三綴(符4から6)

(有)安和商会・山岸斐人関係

一、証人山川信夫の第七回公判調書中の供述部分

一、押収してある金銭出納帳一冊(符29)

松井正一関係

一、松井正一関係手形明細書(甲227)

(有)金井屋(荻原照子)関係

一、証人武舎貞雄の第九、一〇回公判調書中の各供述部分

一、押収してある金銭消費貸借契約公正証書一通(符7)、約束手形控五綴(符8)、当座小切手帳控六綴(符9から14)、小切手一通(符15)、委任状一通(符16)、登記簿謄本二通(符17)、連帯借用証書写一綴(符18)、和解調書正本一通(符19)

山崎一春関係

一、証人矢島義幸の第一七回公判調書中の供述部分

一、手形取立調査書(甲249)

一、押収してある長野県民手帳一冊(符20)、御通と題する通帳正副各一冊(符21)

伊藤智関係

一、証人成瀬正美の第一四回公判調書中の供述部分

一、貸借等状況表(甲251)

野呂輝利関係

一、貸借等状況表(甲253)

一、押収してある小手帳一冊(符28)

小池正関係

一、証人梅本清志の当公判廷(四七回)における供述

一、同人の収税官吏に対する質問てん末書(甲163)

一、押収してある連帯借用証書等綴一綴(符30)、連帯借用証書二通(符31、32)、メモ一枚(符33)、不動産売買契約書一綴(符34)、根抵当権設定契約証書二綴(符35、36)

降旗嘉春関係

一、証人矢沢利正の当公判廷(四七回)における供述

一、田中忠幸作成の捜査関係事項回答書(甲273)

一、登記官作成の土地登記簿謄本(甲246)及び閉鎖土地登記簿謄本二通(甲265、266)

一、押収してある約束手形四通(符22)、金銭借用証書五通(符23)、金銭消費貸借証書一通(符24)、貸付金利息払込通知書六通(符25)、領収書一〇通(符26)、不動産売買契約書一通(符27)

朝日勝英関係

一、宮本信重の収税官吏に対する質問てん末書(甲27)

山崎信恭関係

一、貸借等状況表(甲288)

佐藤謙太郎関係

一、山川信夫、湯本冨夫の検察官に対する各供述調書(甲133、134)

一、相馬俊太郎作成の答申書(甲137)

一、登記官作成の登記簿謄本三通(甲138、139、140)

担保処分益(前同勘定科目昭和五〇、五一年度各<2>)につき、前記(有)金井屋の関係で挙示した証拠のほか

一、証人荻原照子の第九回公判調書中の供述部分

一、春原悦男(甲103)、西澤幾雄(甲165)の収税官吏に対する各質問てん末書

取立手数料(前同勘定科目昭和五〇、五一年度各<3>)につき

一、長野信用金庫七瀬支店(甲152)、同金庫南支店(甲155)、長野相互銀行柳町支店(甲153)、八十二銀行南支店(甲154)、同銀行川中島支店(甲156)、同銀行長野東支店(甲157)、同銀行七瀬支店(甲158)作成の各答申書

登記諸費用(前同勘定科目昭和五〇、五一年度各<4>)につき

一、山口文男作成の答申書(甲159)

支払利子(前同勘定科目昭和五〇年度<8>、昭和五一年度<9>)、その他諸経費につき

一、収税官吏作成の経費調査書(甲149)

一、若林敬一(甲162)、梅本清志(甲163)の収税官吏に対する各質問てん末書

貸倒損失(前同勘定科目昭和五〇年度<9>、昭和五一年度<10>)につき

一、収税官吏作成の貸倒損失調査書(甲150)及び不渡手形(債務者別)調査書(甲151)

一、八十二銀行七瀬支店(二通・甲293、296)、長野信用金庫七瀬支店(甲298)作成の各回答書

一、証人松井正一の第八回、同伊藤智の第一三回公判調書中の各供述部分

一、平林恵(甲300)、塚田芳郎(甲70)、松本欣吾(甲128)、近藤善忠(甲88)、新井孝一(甲26)の検察官に対する各供述調書

一、近藤善忠(二通・甲86、87)、古越栄(甲124)、松本欣吾(甲125)、塚田芳郎(甲69)、高橋可つ乃(甲166)、松沢律(甲168)、雨宮公(甲118)、露木武重(甲164)、西澤幾雄(甲165)、真中芳造(甲148)、吉崎重三(甲101)、新井孝一(甲25)、宮本信重(甲27)の収税官吏に対する各質問てん末書

一、松本欣吾(甲126)、菅原達雄(甲167)、雨宮公(甲117)作成の各答申書

(補足説明)

弁護人は、本件公訴事実について、利息収入の一部を争い、また認容されたもの以外にも多額の貸倒損失がある旨主張するほか、被告人には所得税ほ脱の犯意もなかったというので、以下、弁論要旨の中で指摘される諸点を中心とし、併せて一部減額認定した点を含めて、若干補足して説明を加える。

一  利息収入について

1  貸付先松井正一(貸付利息金額調査書<甲24>中の貸付利息金額明細表債務者番号23)、朝日勝英(同37)、山崎信恭(同38)、小林時雄(同39)、樋口福雄(同43)、杵渕深美(同48)の関係

弁護人は、右貸付先については、直接被告人が貸付けたものではなく、金融業者である新井孝一、宮本信重に月三分の利息で貸付け、同人らよりそれぞれの客に貸付けがなされたものであると主張する。

しかしながら、まずもつてこの点は、被告人と前記貸付先との間の取引と認めるのが相当である。すなわち、関係証拠によれば、確かに、右貸付けについて新井、宮本の両名が関与していることは窺われるが、しかし、本件貸付けの源資が被告人であり、その弁済資金が自己の預金口座に還流されているほか、捜査段階において新井、宮本の両名は、それぞれ収税官吏に対する質問てん末書(甲25、27)の中で、自己と被告人との間の取引について詳細に、しかも仲介したものとそうでないものとは区別して供述している(末尾添付の手形割引等明細書の備考欄参照)のであつて、弁護人の主張に沿う証人新井、宮本の各公判供述は、同人らが被告人と特殊な利害関係(いわば子飼いの金融業者)にあり、著しく庇護的であることからして容易に措信できず、右両名は結局、仲介人として前記各貸付先と被告人との取引に関与したと認めるのが相当である。

次に、弁護人は、被告人が実際に受領した利息は月三分の利率による金額であつたと主張する。

確かに、前記貸付先との取引に新井、宮本らが介在していることは前叙のとおりであるし、両名が金融業者で、しかも客から受け取つた手形に裏書保証して被告人に交付しているものも多いことからすると、同人らが仲介に当たり被告人より受領した金員のうちから若干の金額を依頼者には告げることなく仲介料等の名目で控除して自己の利得としていたとみることは不自然ではない。

しかし、他方、貸付けの源資を出す立場の者が三分の利息の利得に甘んじ、逆に仲介の立場に過ぎない者がこれを遥かに上回る利得をしていたとみることは、それ自体容易に納得し難いものを含み、到底真実に合致するとは思われず、このことは、関係証拠、例えば、証人杵渕深美が第三二回公判調書の中で、「検事から呼出された時に被告人に確認したら、自分では六、七分しかもらつてないと言つていた。」旨の供述をしていることに徴し、十分裏付けられている。弁護人の主張に沿う各証拠は、被告人の捜査段階の供述を含めて、容易に措信できず、結局、被告人が前記貸付先に貸与した金員の利率は、個々の取引について若干の差はあつても、総じて月六分を下らないと認めるのが相当である。

各貸付先について個別に略述すれば、次のとおりである。

(一) 松井正一に対する貸付け

この点について、同人は第八回公判調書の中で概ね次のように供述している。すなわち、被告人からの借入れ手続は事前に電話で一応連絡し、新井と一緒に行つて現金は被告人の自宅で受け取つた。手形等は新井が裏書して被告人の所に持ち込むのが通例であつたが、割引を依頼するのは新井ではなく自分であつた。新井が一緒に行つたのは口添えと保証のためである。もつとも、被告人からの借入れの全部について新井が保証したのではなく、手形等に裏書のあるものだけである。国税局へ提出した借入金額利息等の一覧表は、被告人の取引銀行の元帳等を見せてもらつて作成したもので、その内容に間違いはなく、「松井正一関係手形明細書」(甲227)記載のとおり利息を支払つている。利息の支払いは天引きで、利率は大体月一割であつたが、一五日以下の小切手とか信用度の高いものは一割未満のものもあつた。その際支払つた金額が結局月一割にもなつたのは、新井に手数料を支払わざるを得なかつたことなどからである。

右証言には格別不自然なところはなく、細部はともかく大筋においては十分信用し得るところであつて、他方被告人も捜査段階における検察官に対する供述調書の中で、松井に対する貸付けを否定しなかつたばかりか、その利息は月八分であつたと供述しているのである。

右によれば、松井正一関係の取引が被告人を契約当事者とするものであることは動かし難いのはもちろん、その利息についても、起訴に当たつて検察官が被告人の右供述を容認して月八分で利息額を算出しているから、ほとんど問題とする余地はない。ただ後者の点について、新井に支払つた手数料のほか、個々の取引における利率の若干の高低等の個別事情を被告人のため最大限利益に考慮し、その受領した利息は全取引をおしなべてみて月七分は下らなかつたものと認定する。なお、前記貸付利息金額調査書中の松井正一関係簿外貸付金、受取利息等調査書に明らかな違算<実際収入利息一三万円となるべきところを一三〇万円とした部分>があるので、この点は修正する。

以上の認定に基づき、受取利息額を計算すると、合計四六七万四八一〇円(一六〇万三八三〇円減額)となる。

(二) 山崎信恭、小林時雄、樋口福雄、杵渕深美に対する各貸付け

この点について、関係証拠によると、同人らがそれぞれ被告人から公訴事実に沿う金員を借り受け、その際借入金額から月八分ないし一割の金額を天引き控除された残額を受け取つていた(借替えの場合には同率の利息を持参していた)ことは明らかである。

そして、右各貸付先については、その取引の多くに新井が仲介者の立場で関与していたことは否定できないが、既述のところのほか、関係証拠により認められる取引回数、仲介者の数、個々の取引における新井の仲介の頻度等を考慮すると、被告人が受領した利息は、山崎、小林の関係ではそれぞれ総体的にみて月七分を下らないもの、樋口、杵渕の関係ではそれぞれ月六分を下らないものと認めるのが相当であり、右認定に反する証人新井の供述には信を措き難い。

以上の認定に基づき、右の各貸付先に対する受取利息額を計算すると、山崎の関係では昭和五〇年分一一六万〇八四五円(一七万一八三四減額)、昭和五一年分五〇万七七〇四円(五万八二四四円減額)、小林の関係では一四三万三八二六円(二〇万四八三二円減額)、樋口の関係では四万五九〇〇円(一万五三〇〇円減額)、杵渕の関係では一二万円(八万円減額)となる。

(三) 朝日勝英に対する貸付け

同人に対する貸付けに宮本信重が関与していたことは、貸付けに際し被告人に交付された手形等の多くに宮本信重又は同人の妻宮本芳子名義の裏書があること(長野信用金庫七瀬支店関係調査関係書類中の手形等明細書参照)に徴し明らかである。

しかし、関係証拠によると、宮本の被告人に対する立場は、新井のそれとほぼ同様であつて、右貸付先についても、被告人を契約当事者とすることはもちろん、被告人の受領した利息は総じて月六分を下らな

また、弁護人は、(2)の九〇〇万円の貸付けについて、当時金融業をしていた山岸が月八分もの利息を払つて金員を借りることは経営上からみて不自然であるとして、山岸証言の信用性を論難する。

しかし、この点について証人山岸は、右九〇〇万円の借入れは当時金融業を始めるに際し、後日の銀行融資を当て込んでしたつなぎ融資であつた、とそれなりに合理的な説明をしているうえ、利息の支払いについても当時整えていた金銭出納帳に記入していたというのであるから、弁護人の指摘はそれだけではいまだ山岸証言の信用性を動かすに足りない。

(二) 山崎一春に対する貸付け

この点について、同人は、第一一回、第一二回公判調書中で利息が月七分であつたことを含めて、公訴事実に沿う供述をしており、右証言は当時つけていた手帳等の客観的資料に基づくもので十分信用性が担保されている。

弁護人は、前記(一)と同様、山崎は金融業者であるから、そのような利率で融資を受けたのでは経営が成り立たないというが、現に本件でも他のブローカーに対して月七分ないし八分で貸付けている事例がみられるのであるから、その指摘はこれをもつて直ちに右証言の信用性を損なわせる事情とはなし難い。

(三) 伊藤智に対する貸付け

この点について、同人は、第一三回公判調書の中で、利息は月七分で、それを自分の客に八分で貸付けていた旨公訴事実に沿う明確な供述をしており、右供述は捜査段階から一貫しているほか、他にも金主があつて、そこからは四分ないし六分で借りていたというのであるから、前同様の弁護人の所論にもかかわらず、総体的にみて営業上も矛盾はなく、十分信用できるところである。

いと認めるのが相当であり、右認定に反する証人宮本、朝日の供述にはたやすく信用できないところがある。

もつとも、朝日関係分で公訴事実を構成する取引中の二件(貸付利息金額調査書中の同人に関する簿外貸付金、受取利息調査書記載の「九月三〇日付五六万円」及び「九月二五日付三三万円」)については、宮本信重関係分(甲27参照)と重複しており、これは朝日関係の取引とは認め難い。

以上の認定に基づき、受取利息額を計算(ただし、月二分の取引についてはそのままとする。)すると、五二万九六四〇円(二一万九六〇〇円減額)となる。

2  貸付先(有)安和商会・山岸斐人(前同番号4)、山崎一春(同25)、伊藤智(同29)の関係

(一) (有)安和商会に対する貸付け

証人山岸斐人は、第五、第一七回公判調書の中で、(1)自己の経営する有限会社山岸建材店の倒産に関連して、昭和四八年ころ被告人から四〇〇万円を借り、毎月借替えで月五分の利息を昭和五二年一月まで支払つてきた、更に、(2)昭和五一年三月一九日に九〇〇万円を借り、毎月借替えで月八分(七二万円)の利息を昭和五二年一月まで支払つた旨明確に供述している。

弁護人は、まず、右(1)の四〇〇万円の貸付けについては、証人山川信夫の第七回公判調書中の供述に依拠して被告人の利息収入は二二五万円に対する月五分の金額となる旨主張する。

しかしこの点は、被告人自らも収税官吏に対する昭和五三年一一月二九日付質問てん末書の中で元本は間違いないと述べているばかりか、当公判廷(四九回)においても、同様山岸証言に符合する供述をしているのであつて、弁護人の主張に沿う前記山川証言には何らの裏付がなく、しかも同人が被告人と親しい問柄であつてみれば容易に措信できない。

3  貸付先町田正憲(前同番号3)の関係

同人は第四二回公判期日に証人として喚問された際、これに先立つ第四〇回公判期日における証言(検察官主張の貸付利息金額調査書記載の各取引の相当部分は被告人ではなく、宮本信重からの借入れである旨の供述)を偽証であつたとして全面的に撤回し、改めて被告人に対する利息の支払いは、第四回公判調書添付の貸借等状況表のとおりであつて、その基礎となつた金銭出納メモ帳等(符1から3)の記載も多少欠落している部分を除き正確である旨公訴事実に沿う供述をするに至つた。

右公訴事実に沿う供述は、弁護人の所論にもかかわらず、その経緯に関する具体的な事情説明には納得できるところがある一方、貸付利息金額調査書記載の各取引には押収にかかる金銭出納メモ帳等(符1から6)の記載という物的な裏付けが存することにかんがみると、十分信用するに値し、右によれば、町田関係の各係争年度分の利息収入は検察官主張のとおりと認めるのが相当である。

4  貸付先箕輪宣男(前同番号16)の関係

同人は第六回公判調書中で詳細公訴事実に沿う供述をしており、右証言は同人が記帳していた手帳の記載等に依拠するもので正確性が担保されており十分措信しうるところであつて、右によれば、被告人が昭和五一年中に利息として六五六万円を受領していることは明らかである。

弁護人の主張は、要するに、後日箕輪から提起された民事訴訟の係属中、訴訟上の和解で昭和五一年中に収受した利息のうち制限利息超過部分が元本に充当されたから、この充当部分はその年度の所得を構成しないというのである。

確かに、五一年中に利息として収受した六五六万円のうち相当部分が元本に充当されたことは所論のとおりである。

しかし、右和解は昭和五三年一二月に成立したものであつて、所得税法所定の事業所得の計算上、かかる収益の修正による損失はそれが生じた日の属する年分の必要経費に算入すれば足りる(同法五一条二項、同法施行令一四一条三号参照)から、結局、本件課税年度の利息収入は前認定の金額とするのが相当である。

5  貸付先野呂輝利(前同番号30)の関係

弁護人は右貸付先に対する貸付けのうち八件については被告人との間の取引ではない旨主張し、証人野呂も第一五回公判調書の中で右主張に沿う供述をしている。

しかしながら査察官作成の貸借等状況表(甲253)には公訴事実に沿う記載があるところ、その記載は野呂本人が末尾奥書きとして明記しているところから明らかなように、同人が日頃備忘のため使用していた小手帳(符28)に基いてなされたもので正確性が担保されており、被告人の捜査段階における「貸付元本は間違いない」旨の自認(被告人の収税官吏に対する昭和五三年一一月二九日付質問てん末書参照)と相まち、公訴事実に沿う取引の存在を肯認するに十分である。

もつとも、右小手帳の記載に関し、同証人はその記載中に黒印の付しているものは、他から借りた分で、その借入先に迷惑をかけないようにするため被告人の名前を利用した旨の供述をし、弁護人もこの点を強調するもののようである。確かに、右小手帳の中に黒印(正確には黒点)の付された箇所が見受けられる。しかし、通常第三者に見せることのない手帳にわざわざ被告人の名をかたつて記入するということ自体甚だ不自然であつて、その理由とするところは容易に人を納得させるものではない。そして、もしそのとおりだとすると、備忘の役にも立たなくなるが、それだけでなく、小手帳の記載を仔細に検すると、同人が秘匿したという人物(例えば、清水、大同)の名前も随所に記載されていることが明らかで、右証言には著しい矛盾をはらんでいるというほかなく、結局右黒印がどういう機会に付されたかは定かでないにしても、少なくとも同証人の供述する目的に出たものとは到底考えることができない。

6  貸付先小池正(前同番号32)の関係

弁護人は、昭和五〇年七月三〇日付の六〇〇万円の貸付けは梅本清志のもので被告人のものではない旨主張する。

そこで検討するのに、この点に関し最も信頼性のあると思われるのは、梅本の収税官吏に対する質問てん末書(甲163)及び同人の当公判廷(四七回)における供述であるところ、これによると、梅本は昭和五〇年七月三〇日ころ被告人の依頼により六〇〇万円を融通することとし、利息月六分天引分三六万円と調査費一四万円との合計五〇万円を差引き、残額五五〇万円を被告人に渡し、以後被告人より直接、翌八月三〇日、九月二九日、一〇月三〇日、一二月五日の四回各三六万円の利息を受け取り、同年一二月二九日に小池正の母より六〇〇万円の返済を受けたことが明らかである。そして、昭和五〇年七月三〇日付連帯借用証(符30)には、貸主氏名欄に一旦記載されていた被告人の名前が削除されて改めて梅本の名前が記入されており、この点について証人小池正も、第三〇回公判調書の中で、最初被告人を債権者としたものの、梅本の方から金が出たため書き替えたものと思う旨供述している。

右事実関係に徴すると、確かに、小池に対する貸付けの源資が梅本から出ていることに間違いはなく、右借用証の体裁を合わせ考えると、本件貸付けの債権者が法律的には被告人でなく梅本であつたとみることには相当な合理性がある。

しかし、そうであるとしても、その利息の授受に関しては被告人を介してこれがなされており、その際少なくとも月二分の金員を被告人が仲介手数料等の名目で受領していたことは、関係証拠によりこれを認めうるところであり、他方、本件起訴の根拠とする所得計算上では月八分の利息収入に対応する月六分の梅本に対する利子支払分を必要経費に算入しているのであるから、結果的には所得金額に差異を生じないのである。

7  貸付先降旗嘉春(前同番号33)の関係

弁護人は同人に対する昭和五一年二月一五日付の債権(六〇〇万円)は存在しない旨主張する。

そこで検討するのに、関係証拠によると次の事実が認められる。すなわち、降旗は昭和五一年一、二月ころ、被告人から、長男正敏の経営する丸正建設株式会社振出の約束手形が回つてきているとの連絡を受け、息子と一緒に被告人宅に赴いた。話合いの結果、同社の職員が乱発した手形の処理については被告人の方で面倒をみてやるということから、同年二月一五日、金額六〇〇万円の金銭消費貸借証書を作成して被告人に交付し、それと同時に、自己所有の土地を担保に提供した。そして、同月一七日付で被告人は、右土地について、極度額六〇〇万円とする根抵当権設定登記手続を経由したが、所持していた前記会社振出の約束手形四通(符22)金額合計三九〇万円のうち、支払期日の最も早く到来する額面六〇万円、満期同年二月二〇日の手形が不渡りになつたことから、その後翌五二年に入つて、右土地を買取り転売して売得金の一部をもつて債権を回収した。

右事実関係に徴すると、降旗が金額六〇〇万円の金銭消費貸借証書を作成した理由は、被告人から丸正建設の事故手形の面倒をみてやると言われたことが主たる動機となつているとみられるが、そのほか、証人降旗が第一六回公判調書中で支払の延期分も含める趣旨もあつたと思う旨供述していることからすると、そのような意味合いもあつたとみられないことはない。

しかしながら、右六〇〇万円と三九〇万円の差額二一〇万円が利息相当額であるとしても、所得計算上それが当該課税年度において既収といえるか、それとも未収であるかが利息制限法との関係で問題となる(最高裁昭和四三年(行ツ)第二五号同四六年一一月九日第三小法廷判決・民集二五巻八号一一二〇頁参照)のであつて、前叙の事実関係からすると、被告人は当時、手形債権三九〇万円とその利息を回収する手段として前記借用証の差入れを要求し、降旗もそれに応じたとみるほかないから、その時点で、被告人において利息相当額を現金等価物で収受したと解するのはいまだ困難であろう。

そうだとすると、右差額の二一〇万円は、これをかりに利息相当額とみても、昭和五二年に担保物件で精算されるまでの間は未収利息とみられるから、本件係争年度の課税所得を構成しないといわねばならない。

そこで改めて、所得税の課税対象となる昭和五一年中の利息収入額を計算する。本件においては遅くとも、前記金銭消費貸借契約が締結された昭和五一年二月一五日には本件約束手形三九〇万円に関する債権債務関係が最終的に確認されたものと解されるから、その時期を基準にして利息制限法内の利息を算出すれば、その額は五一万一八七五円(<省略>)となり、したがつて二一〇万円との差額一五八万八一二五円は所得金額に算入しえないこととなる。

8  貸付先大西安久(前同番号36)の関係

同人は、第一九回公判調書の中で、当時高瀬建設工業株式会社の代表取締役をしていたが、(1)昭和五一年一〇月二〇日、被告人より証書貸付けの方法で二〇〇〇万円を借り、借入れ時に利息一二〇万円と手数料七〇万円、合計一九〇万円を天引きされ、翌月から毎月一二〇万円の利息を前記会社が倒産する昭和五二年五月まで支払つてきた、右のほか、(2)昭和五一年一〇月から一一月にかけて、(有)田口ゴム工業所振出の額面一〇〇万円、(有)大潟建材振出の額面二〇〇万円、信州スワン石油(株)振出の額面九六万五〇〇〇円の各約束手形を月六分で割引きを受け、更に、(3)昭和五一年一二月に、松田正一振出の約束手形額面各五〇〇万円五通(合計二五〇〇万円)を同人所有の不動産を担保として割引いてもらつたことがあり、その時の天引き利息額は月六分で収税官吏に対する質問てん末書の中で述べた金額九三〇万円であつたと思う旨明確な供述をしている。

右証言はその後行われた期日外の証人尋問においても維持され一貫しているうえ、内容的には同人が収税官吏に対する質問てん末書の中で述べたところに沿うものであるところ、その作成時の状況、殊に、右質問てん末書は供述者の大西が当時あつた手形の写しや、帳簿等に基づき、しかも作成者の収税官吏がこれを確認して作成されていることに徴し、正確性が担保されていると認められるから、十分措信するに足りるものである。右によれば、検察官の主張に沿う公訴事実を肯認することができる。

もつとも、この点に関し、被告人は、当公判廷(四九回)において、大西に対する貸付けは昭和五一年一〇月二〇日付の一五〇〇万円一回だけで、これについては公正証書を作成し、利息は年一割五分で昭和五一年中だけは利息の支払いを受けた旨供述する。

確かに、弁護人提出にかかる昭和五一年一一月二日付の金銭消費貸借公正証書には被告人の供述に沿う記載がある。

しかしながら、まずもつて大西に対する貸付けが一回だけであつたとする点は、収税官吏による銀行調査の結果(長野信用金庫七瀬支店調査関係書類参照)と明らかに矛盾していて信用すべくもない。また、前記昭和五一年一〇月二〇日付の貸付けについては、右公正証書の記載自体から明らかなように、大西の列席しないまま山川信夫を代理人として作成されているほか、その記載どおり、高利の金融業者である被告人が大西に対してのみ年一割五分の低利で貸付けたとするのは甚だしく常識に反し、世上行われているように高利であることを表面に出さない配慮であることは明瞭である。それだけでなく、被告人自らも収税官吏に対する昭和五三年一一月二九日付質問てん末書の中で、大西には土地を担保に二〇〇〇万円の借用証をつくり、一五〇〇万円出してやつたと供述しているのであつて、これらの事情に徴すると、前記公正証書作成の直接の目的が何であつたにせよ、別途に借用証が存在し、少なくとも利息の支払いについては別に裏の約束があつたとみられるから、右公正証書の存在は別段前認定の妨げとなるものではない。また、弁護人が今一つの論拠とする大西作成のメモも、その作成経緯、記載内容に照らすと、前記大西証言の信用性を左右するに足りるものではない。

二  貸倒損失について

弁護人は、弁論要旨の中で、特に新井孝一に対して多額の貸倒れがある旨主張する。そして、証人新井は当公判廷(五四回)において右主張に沿うかのような供述をしている。

しかしながら、所得税法所定の事業所得の算出上、ある年度に債権の貸倒れが生じたとしてその額を当該年度の必要経費に算入することができるのは、債務者の行方不明、刑の執行、破産又は和議手続の開始、事業の閉鎖、債務超過の状態が相当期間継続し事業再起の見通しがないこと、その他これらに準じる事情が生じるなどして債権回収の見込みのないことがその年度中に確実となつた場合に限られると一般に解されているところ、関係証拠に徴しても、新井あるいはその経営する株式会社シンフジにおいて、前記のような諸事情の存した形跡が全く認められないばかりか、被告人と新井との間には本件係争年度中はもとより、昭和五二年以降も通常の営業取引の継続していたことが明らかであるから、新井に対する貸倒損失は存在しなかつたというほかない。

その他、弁論要旨においては特に指摘はないが、従前主張されていたと思われる貸倒損失の主張について検討しても、それらについては、前段説示の事情のほか、当該債務が弁済ずみ等により債務不存在と認められる、もの、被告人との取引から生じた債務とは認められないもの、借主が返済の意思を明らかにしていたり、現に分割返済に応じている等により貸倒れの事実が認められないもの、本件係争年度当時、債権債務関係が民事上係争中であつて貸倒損失を確定できないものなどの事情がそれぞれ存し、その事由によつて、いずれも弁護人の主張はこれを肯認することができない。

三  結論

以上のとおり、弁護人の主張は、結局、判示認定の限度で理由があるが、その余は失当として排斥を免れない。

なお、弁護人は被告人には所得税をほ脱する犯意がなかつた旨主張するが、証拠上被告人に右の犯意の存したことは明らかでこの点は多言を要しないところである。

(法令の適用)

一  罰条

行為時において昭和五六年法律第五四号による改正前の所得税法二三八条一、二項、裁判時において改正後の所得税法二三八条一、二項(刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑による。)

二  刑種の選択

懲役刑及び罰金刑の併科

三  労役場留置

刑法一八条

四  刑の執行猶予

刑法二五条一項

五  訴訟費用の負担

刑事訴訟法一八一条一項本文

(裁判官 尾崎俊信)

証拠一覧表

<省略>

<省略>

<省略>

<省略>

付記

1 番号欄の数字は「貸付利息金額調査書(甲24)」中の貸付先に付された番号と一致する。

2 標目のうち、「てん末書」は収税官吏に対する質問てん末書、「検面」は検察官に対する供述調書の略称である。なお○印の下に付した数字は証拠等関係カード(甲)の番号である。

「証人」欄中、○印を付したものは公判調書中の証人(供述人)の供述部分、□印を付したものは証人(供述人)の当公判廷における供述、△印を付したものは当裁判所の証人(供述人)に対する尋問調書である。なお、右印の中の数字は取調べた公判期日を示す。

別紙1 修正損益計算書

自 昭和50年1月1日

至 昭和50年12月31日

(注) 事業所得欄の内書は短期譲渡所得である。

別紙2 修正損益計算書

自 昭和51年1月1日

至 昭和51年12月31日

(注) 事業所得欄の内書は短期譲渡所得である。

別紙3

<省略>

別紙4

<省略>

一 変更事項

公訟事実第一及び第二の記載を

「第一 昭和五〇年度の総所得金額は五、八九六万一、四八二円であり、これに対する所得税額は三、〇七五万六、九〇〇円であるにもかかわらず、昭和五一年三月一五日、長野市西後町六〇八番地の二所在の長野税務署において、同税務署長に対し、総所得金額は一、〇四〇万七、五六九円であり、これに対する所得税額は三〇七万一、三〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により被告人の右正規の所得税額と右申告税額との差額二、七六八万五、六〇〇円を免れ

第二 昭和五一年度分の総所得金額は六、一七九万二、一〇〇円であり、これに対する所得税額は三、〇三三万六、五〇〇円であるにもかかわらず、昭和五二年三月一五日、前記所轄税務署において、同税務署長に対し、総所得金額は一、四六五万六、一七三円であり、これに対する所得税額は一八九万四、三〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により被告人の右正規の所得税額と右申告税額との差額二、八四四万二、二〇〇円を免れ」

と変更する。

二 変更理由

1 貸倒損失の金額を、証拠に鑑み修正したことによる。

2 訴因変更前の貸倒損失は

<省略>

であり、(1)の昭和五〇年度五八〇万円の貸倒損失の内訳は、高橋可つ乃保証にかかる分の一五〇万円と、菅原達雄振出手形分の四三〇万円であつたものである。

3 しかしながら、右一五〇万円については、松井正一、高橋可つ乃の証言ないし供述から、昭和五一年に高橋可つ乃が八五〇万円を被告人に支払うことで和解が成立していることが明らかであるから、松井正一の債務額一、〇〇〇万円から右八五〇万円を差し引いた一五〇万円については、その時点すなわち昭和五一年度に貸倒損失として計上すべきものである。

次に、右四三〇万円については、確かに松井正一が差し入れていた菅原振出の小切手が不渡りとなり、被告人が菅原から資金の回収ができなかつたことは認められるが、これについては、松井正一が後日元本を全額返済していることが同人の証言等から明らかであり、この分の貸倒損失は発生していないものと認められる。

4 したがつて、起訴対象年度の貸倒損失は

<省略>

であり、これを基に損益計算し(別紙1、2のとおり)、更に脱税額を計算すると(別紙3、4のとおり)、前記一の訴因となるものである。

別紙1 修正損益計算書

自 昭和50年1月1日

至 昭和50年12月31日

<省略>

(注) 事業所得欄の内書は短期譲渡所得である。

別紙2 修正損益計算書

自 昭和51年1月1日

至 昭和51年12月31日

<省略>

(注) 事業所得欄の内書は短期譲渡所得である。

別紙3

<省略>

別紙4

<省略>

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